大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)684号 判決 1968年5月08日

控訴人 和田守

被控訴人 吉田義隆

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、

1原判決を取り消す。

2被控訴人の請求を棄却する。

3原判決別紙第二目録(以下単に第二目録という)(一)の土地につき控訴人が所有権を有することを確認する。

4同目録(二)の土地につき、控訴人が被控訴人に対し、地上権または賃借権を有することを確認する。

5同目録(三)の土地につき、控訴人が所有権と同じ内容の使用収益権を有することを確認する。

6同目録(四)の土地につき、控訴人が地上権または賃借権と同じ内容の使用収益権を有することを確認する。

7被控訴人は控訴人に対し、同目録(一)の土地につき所有権移転登記手続をせよ。

8被控訴人は控訴人に対し、同目録(二)の土地につき地上権設定登記手続をせよ。

9被控訴人は控訴人に対し、同目録(五)の土地を、同地上にある建物(建坪四坪五合二勺)を収去して明け渡せ。

10訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠関係は、次に記載する外原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一、訂正

原判決二枚目裏四行目および別紙第一目録(以下単に第一目録という)表五行目に四一坪五合三勺とあるを四一坪四合八勺と、同六枚目裏四行目に原告とあるを被告と、同一二行目に三三年とあるを二三年と、第一目録表三行目および第二目録表一〇行目に湊町工区ブロツクとあるを湊町地区一一ブロツクと、第二目録裏一行目にイロカワとあるをヨタカワと、それぞれ訂正する。

二、控訴人の陳述

(一)控訴人は、従前の土地の一部である第二目録(二)の土地について有する地上権または賃借権について、昭和四一年九月二八日に、施行者である大阪市長に対し、その種類および内容を申告したが、大阪市長は右申告が要件を欠いているとしてこれを受理しないのである。従つて控訴人は右の権利について、仮に権利の目的となるべき部分の指定は受けていない。しかしながら第二目録(一)及び(二)の土地の各権利に基づいて使用収益することのできる土地は、同目録の(三)及び(四)を合せたものであつて、これは大阪市移転補償課の指示により控訴人と訴外上善清子との使用区分協定によつて定めたものであり、施行者は右協定に基づいて第一目録記載の建物を同地上に移転したものである。そして控訴人が第二目録(一)の土地について有する権利に基づいて使用収益することのできる部分が同目録(三)の土地であり、同目録(二)の土地について有する権利に基づいて使用収益することのできる部分が同目録(四)の土地であることは、従前の土地内における右各土地の位置、仮換地の減歩率その他諸般の事情を勘案して控訴人が右のとおり定めたものである。

(二)仮換地指定のあつた場合においても、従前の土地についての占有を必要期間継続することによつて取得時効が完成するものである。従前の土地上の建物その他の工作物は仮換地指定の効果発生と同時に仮換地上に移転できるものではなく、現に本件地区においても昭和二三年一二月一〇日に仮換地が指定されて以来二〇年間も経過した今日までなお換地処分がなされていない。従つて被控訴人の主張は不可能を求めるものである。

(三)被控訴人は控訴人に対し「代替地の提供をしないで無条件に本件仮換地の明渡しを請求することはしない」旨を約定しているものである。すなわち被控訴人と控訴人は本件仮換地について、使用収益権の有無に関する紛争を解決するために話し合つたのであるが、控訴人は、昭和二九年一二月頃被控訴人に対し、被控訴人が本件仮換地の東側隣接地三六坪および本件仮換地のうち四坪の合計四〇坪を代替地として控訴人に贈与し、それと引換えに控訴人は本件仮換地を被控訴人に明け渡すとの和解案を提案した。被控訴人は昭和三〇年一月一六日にこれを承諾し、右のような代替地の提供をせず無条件で第一目録(一)の土地の明渡しを求めることはしないと約定したのである。従つて右和解に反する本訴請求は許されない。

(四)原判決は、控訴人は大阪市長が本件建物を従前の土地から本件仮換地上に移転した昭和三三年一二月一〇日から右仮換地を正当な権限なしに占有しているとして、控訴人に対し、同日から右土地明渡しに至るまでの賃料相当の損害金の支払義務を認めているが、控訴人が大阪市長から本件建物に居住することを許されたのは同月一五日からであり、従つて控訴人が本件仮換地を占有したのは右一五日からであるから、少なくとも右原判決中昭和三三年一二月一四日以前の分については理由がない。

三、被控訴人の陳述

(一)仮換地の指定があつた場合に従前の土地についての所有権を時効取得するためには換地予定地についての占有が継続されなければならない。すなわち取得時効制度は、権利者が権利を行使しうるにもかかわらずこれを行使しない場合においてはその権利を保護しないことに存在の一つの理由があるのであるが、若し仮換地指定後においても引き続き従前の土地の占有を必要期間継続することにより右土地についての権利を時効取得するとすれば、従前の土地の所有者は、仮換地指定により従前の土地についての使用収益権を失つているため、権利を行使し得ないままの状態でその所有権を失うこととなり、時効制度の存在理由にそぐわない結果になるからである。しかるに控訴人がその主張する時効期間中占有していたのは従前の土地であつて換地予定地ではないから控訴人の時効取得に基づく主張は理由がない。

(二)控訴人主張のような和解契約が成立したという事実は否認する。

四、証拠関係<省略>

理由

当該裁判所は、被控訴人の本訴請求を正当として認容し、控訴人の反訴請求を失当として棄却すべきものと考える。その認定および判断は次のとおり附加訂正する外原判決記載のとおりであるからこれを引用する。当審で援用された証拠によつても右認定を覆えすことはできない。

(一)原判決九枚目裏六行目および一三枚目裏二行目に四一坪五合三勺とあるを四一坪四合八勺と、同一〇枚目表四行目に別紙第(二)記載の土地とあるを別紙第二目録(二)の土地と、同表七行目に真成とあるを真正とそれぞれ訂正する。

(二)原判決理由二の(二)を次のとおり訂正する。

控訴人は、訴外杉本金次郎が昭和二三年四月一〇日から第二目録(一)の土地を所有の意思で占有していたのを承継して同様所有の意思で占有を続け、また同年四月一日から第二目録(二)の土地を地上権者または賃借権者の意思で占有していたものであり、右各占有はいずれもその始め善意無過失であつたから一〇年間の経過によりそれぞれ右権利を時効取得したと主張する。しかしながら昭和二三年一二月一〇日右従前の土地に対する換地予定地として本件仮換地が指定されたことは当事者間に争いがなく、控訴人が右指定当初から右の事実を知つていたことは弁論の全趣旨により明らかであるから、控訴人は以後本件仮換地のうち前記(一)、(二)の土地に対応する部分を占有するのでなければ、右各元地の所有権並びに地上権又は賃借権を時効取得することはできないものと解するのが相当である。けだし取得時効が完成するためには、これを所有権の場合についていえば、当該物件に対する所有の意思による占有の法定期間の継続を必要とするのであるが、その占有が所有の意思によるものであるかどうかは、占有者の単なる主観によつて定めるべきものではなく、当該占有を生じさせた原因である事実(占有の権限)の客観的性質によつて定まるものと解すべきところ換地予定地の指定により、従前の土地の所有者は、同土地についての所有権に基づく使用収益権能を停止され、仮換地についてこれと同じ内容の使用収益権限を取得するのであるから、右指定以後これを知りながら従前の土地の占有使用を継続したとしても、それは所有権の行使としてなされるものとはいえないから右指定以後の従前の土地の占有は所有の意思による占有とはいえず、取得時効の要件を欠くことになるからである。もつとも従前の土地である右(一)、(二)の土地の一部は、原判決別紙図面のように本件仮換地の一部に重なつているので、右(一)、(二)の土地を占有していた控訴人は本件仮換地の一部を占有していたことになるが、右部分が(一)、(二)の土地に対応する部分であることについてはなんら主張立証がない。また控訴人は本件仮換地にも建築用石材を山積してこれを占有していた旨主張するけれども、原審証人神崎勇(一、二回)の証言及びこれにより成立を認める乙第一三号証の一、二、同上善清子の証言並びに被告本人尋問の結果(第三〇回口頭弁論期日)を総合すると、右主張の石材というのは、仮換地の一部である第二目録(三)の部分の土蔵跡から堀り起されたもので、もとは土蔵の土台石であつたものであるが、昭和二八年一二月頃上善清子が堀らせたものを同人も了承のうえ控訴人が人夫賃として一、〇〇〇円を支払い、自己所有の物件として同所に置いていたものであることが認められるのであつて、かりに右のような占有形態をもつて取得時効の要件である右土地に対する公然の占有といえるとしても、その占有開始は昭和二八年一二月以後のことであり、他に控訴人が前記仮換地指定以後右の時期まで本件仮換地を占有していたことを認めるべき証拠はない。そして右昭和二八年一二月以後の占有では、これに前記仮換地指定前の占有期間を加えても、控訴人主張の一〇年の取得時効期間にみたないことは明らかである。

以上のとおりであつて、控訴人が右(一)、(二)の土地について前記各権利を時効取得したとの主張は採用することができない。

(三)控訴人の和解の主張について判断するに、当審における控訴人本人尋問の結果のうち右主張に副う部分は、当審における被控訴人本人尋問の結果に照らして信用することができず、他に右事実を認めるに足る的確な証拠はない。むしろ右被控訴人本人尋問の結果によると、控訴人主張のような和解は成立しなかつたものと認められる。

(四)控訴人の本件仮換地の占有開始時期に関する主張については、成立に争いのない乙第一号証ないし第三号証並びに弁論の全趣旨によると、控訴人は仮換地指定後も依然として前記(一)、(二)の土地の占有を続け、右地上にある控訴人所有の本件建物を換地予定地に移転することを拒んだため、右建物は昭和三三年一二月一〇日施行者の代執行により換地予定地に移転されたものであることが認められる。従つて控訴人は、本件仮換地上に右建物を所有することによつて、その敷地である右土地を占有するものというべきであり、所論のように施行者から建物の使用を禁止されていたからといつて占有がないとはいえないから右主張も採用できない。

以上のとおりであるから原判決は相当である。よつて本件控訴を棄却し、控訴費用の負担について民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 井関照夫 八木直道 大政正一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例